横文字の島

Ile de l'alphabet ~ ある翻訳者の備忘録

ミステリー歳時記

「ミステリー歳時記」
小泉喜美子 晶文社

 11月7日は翻訳者・作家の小泉喜美子さんの命日。

  51歳の若さで亡くなるまで、たくさんの本を出している。私の中では、P.D.ジェイムズ「女には向かない職業」や、ジョゼフィン・テイ「時の娘」などの翻訳者という印象がある。

 雑誌の連載を一冊にまとめたのが本書で、1985年に出たということは、それより少し早い時期、1970~1980年代に書かれたのだろうか。

 英語の翻訳者なので、てっきり英米の本が中心かと思いきや、フランス・ミステリの書評が結構載っているということで、手に取ってみた。ルネ・レウヴァン「そそっかしい暗殺者」にも言及している。

 


 げんにレウヴァン『そそっかしい暗殺者』(1971)を読んだときには、
 ボワロー=ナルスジャックにはないウィットに喝采したものだ。(p.97)

 

 リアルタイムで読んだ人の感想は貴重だ。

 私にとっては「往年の名作」となっている英米仏の名作ミステリの数々を、日本で出版された頃の、同時代の読者の目線で紹介していて、とても参考になる。仏語圏の作家は、ステーマン、シムノン、カトリーヌ・アルレー、ジャックマール/セネカル、マンシェットなどが取り上げられている。未読の本もあるので、参考になる。

 1980年代の日本における、海外ミステリ業界の英米への偏りについては、こう斬っている。

 



英米や日本の現代ミステリーに対してはなかなかの理解と見識を示す人たちが、フランス物に対しては、しばしば、かたくなな偏見をむき出しにする例があるのだ。

もし、私がその人たちと同じぐらいの偏見をもってフランス・ミステリーをひいきするならば、フランス・ミステリーの持っているでたらめさ、しどけなさ、ほとんど肉欲のそれに似ていると形容してもいいようなあたたかさと冷酷さは、イギリス本格物の造りものじみた知性だのアメリカ・ハードボイルド物の甘っちょろい非情だのよりずっとずっと人間的に成熟しているとすら言うかもしれない。英米ミステリーの高い水準を理解し愛好できる読者や批評家がなにゆえフランス物のこの人間味を理解しないのかとふしぎに思う。

私自身、フランス・ミステリーを愛してはいるが、そのすべてを盲愛しているわけではない。愛するということは、その欠陥を冷静に批判もできるということだ。                     (p.102)

 

 あのー、「姐さん」と呼ばせてください! 
 フランス語じゃなく、英語の翻訳者の方にここまで擁護して頂くなんて、ありがとうございます。

 

 21世紀に入った現在は、一周して、北欧ミステリが人気なんですよ。フランスのミステリも、最近ベストセラーが出て注目されていて、英語以外のミステリに追い風が吹いているんですよ。と、教えて差し上げたい。

 レウヴァンの「シャーロック・ホームズの気晴らし」所収の短編「アドルトンの悲劇」は歴史ミステリで、作品の冒頭には「ジョゼフィン・テイに捧ぐ」とある。つまり、ジョゼフィン・テイの「時の娘」を意識して書かれた作品なのだ。

 もし、ジョゼフィン・テイを翻訳した小泉さんが長生きして、「アドルトンの悲劇」を読んだなら、どんな感想を言われただろうか。

ミステリー歳時記

ミステリー歳時記

 
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