横文字の島

Ile de l'alphabet ~ ある翻訳者の備忘録

シャーロック・ホームズの気晴らし

シャーロック・ホームズの気晴らし」Les Passe-temps de Sherlock Holmes
ルネ・レウヴァン作 / 寺井杏里訳 国書刊行会(2014年9月刊行)

 

第37回日本シャーロック・ホームズ大賞奨励賞を受賞

 

 

 刊行当時はブログを書いていなかったので、遅まきながら訳書の紹介です。新刊とは言いにくいですが、まだ出版から1年以内なのでご容赦を(寺井というのはペンネームです)。

 フランスの作家ルネ・レウヴァンは、ホームズ・パスティーシュを何作か発表しています。実は、フランスやベルギーでも色々な作家がホームズ・パスティーシュを書いているのですが、当たり外れが大きい。そんな中、フランスのシャーロキアンが評価する数少ない作家がこのレウヴァンなのです。

 日本では早川のポケミスから「そそっかしい暗殺者」(記事)が出ているくらいですが、フランス文学をやってる者の間では、知る人ぞ知る作家です。ホームズ以外にも、ジュール・ヴェルヌやE・A・ポー、フロベールパスティーシュを書いています。

 

 今回翻訳したのは、2冊の短編集「シャーロック・ホームズの気晴らし」「シャーロック・ホームズと動物」の合本です。いずれも聖典に題名だけ登場する”語られざる事件”。あまりに分厚くなってしまうこと、雰囲気が他の作品とまるで異なることから、最後の短編「赤いヒル」とエピローグは収録されませんでした。

 前半の「シャーロック・ホームズの気晴らし」は読む側の教養が試されそうな(気のする)、文学と歴史の詰まったミステリ。語り手はいつものようにワトソン。後半の「シャーロック・ホームズの動物」は動物にまつわるSFタッチのミステリ、しかもホームズがワトソンに語るスタイルです。なので、前半と後半で印象が変わります。

 原作は1980~90年代に発表されたので、最近のような「時代を現代に変えて」とか、「女性が主人公」とか斬新な設定はありません。むしろ、オーソドックス。フランス人作家の作品ですが、物語の舞台は英国です。

 とはいえ、随所にフランスの作家らしいところがちらほら。たとえば、短編「トスカ枢機卿の急死事件」には、当時フランスで話題となっていたドレフュス事件の話題が出たり、「煙草王ハーデンの脅迫事件」では、フランスの詩人ネルヴァルの謎めいた死をホームズが解明しようとしたり、「訓練された鵜」では英国の島国ぶりをこれでもか!と強調したり。

 シェイクスピアやマーロウにまつわる謎解きは、英文学好きには楽しいでしょう。密室ミステリ『ビッグ・ボウの殺人』の作者イズレイル・ザングウィルのような実在の人物も登場し、また、コナン・ドイル『失われた世界』のチャレンジャー教授も登場します。

 

「アドルトンの悲劇」
 ある日、若い女性がワトスンを訪ねてくるが、古文書を預けて立ち去る。彼女は事件に巻き込まれているらしいが、なぜホームズではなく、ワトスンに会いにきたのか? 一方、大英図書館で、米国からやってきた文学研究者と知り合う。ホームズたちは、現在の事件だけでなく、シェイクスピアをめぐる謎解きに関与することになる。

「トスカ枢機卿の急死事件」
 ユダヤ人学校の図書室で、バチカンからやってきたトスカ枢機卿が死んだ。現場は中から鍵がかかっており、密室状態。被害者は心臓が弱かったため、自然死と思われていたが、トスカ枢機卿の行動には不審な点があった。ワトスンは、ユダヤ人作家のイズレイル・ザングウィルと知り合う。キリスト教ユダヤ教をめぐる歴史上の謎にも踏み込むことに。

「煙草王ハーデンの脅迫事件」
 ホームズのもとを、ハーデン夫妻が別々に訪ねてくる。同じ依頼かと思いきや、夫妻の依頼内容はまったく異なるものだった。興味を持ったホームズは調査に乗り出すが、ハーデンの息子の友人で、ドイツ文学を愛する謎めいた男が現れ――。

「訓練された鵜」
 第一次大戦中の英国。引退していたホームズとワトスンは、再び冒険に乗り出し、スコットランドオークニー諸島へ向かう。ドイツとの内通が疑われる灯台守は、なぜか鵜を飼っていた。謎の美女が登場し、ホームズとワトスンは翻弄される。

スマトラの大ネズミ」
 船乗りのテオドルは、伯父を通じてホームズに手紙を届ける。手紙には、ロンドンで疫病が流行する恐れがあると書かれていた。当のテオドルも病原となる生物と接触し、シンガポールで療養しており、「事態を救えるのは、シャーロック・ホームズしかいない」と必死に訴えかけていた。その生物は、別の船でロンドンに向かったらしかった。

「イサドラ・ペルサーノと奇妙な虫」
 ホームズの前に、未亡人ベリル・ステイプルトンが現れる。「バスカヴィル家の犬」事件の後、コスタリカへ帰っていたが、同郷の新聞記者で決闘家のイサドラ・ペルサーノを助けてほしいと頼みにきたのだった。ある虫のせいで、彼はおかしくなってしまったという。ホームズは、科学者チャレンジャーの力を借りる。

 

【追記:レビューなど】
わりとまとまった分量のものを紹介。読んで頂き、ありがとうございます m(__)m

見えない道場本舗

翻訳blog

bookmeter.com

アメリア事務局公式ブログに掲載(こちら
 事務局公式ブログのほか、会報の「本の素顔」コーナーでも紹介頂きました。

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・読売新聞夕刊 本よみうり堂 2014年10月27日

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